ESS : 進化的に安定な戦略 サイトマップ
 

ESS (Evolutionarily Stable Strategy)

 

考 察 のための 資 料
19 世紀:解放の神学 と アメリカ南北戦争 1859 年:ダーウィンの衝撃
信仰と創造科学と知的設計 〈神の国〉と進化の理論
偶然の支配と進化 及び ジレンマ  進化戦略のゲーム理論 
 
戦略的情報と神概念:戦略的情報としての言語の発達と説明のための神概念の共有
わかりあう心の黎明 共同する生存者 超自然の媒介者
進化的に安定な戦略: 偶然が主導する 進化 と 絶滅
メンデルの法則その再発見 進化の系統樹 漸進する進化
ネオ・ダーウィニズム ランナウェイ過程 (Runaway process)
進化的に有利な ハンディキャップ 淘汰に中立な突然変異(ほぼ中立説)
セントラルドグマ〈中心命題〉 脳の巨大化遺伝子と文化の共進化
相互作用する脳ランナウェイ 選択選好:変化をともなう由来
カンブリア大爆発  自己組織化ネットワーク・システム 
創発する心のリズム  複雑性両義性 

 

『利己的な遺伝子』 〔リチャード・ドーキンス/著〕

 

   1976 年版へのまえがき
 (P. 6)
 私は行動生物学者[エソロジスト]であり、これは動物の行動についての本である。私は自分がトレーニングを受けてきたエソロジーの伝統に、明らかに多くを負うている。とくに、ニコ・ティンバーゲンは、私がオックスフォードの彼のもとで研究していた十二年間に、私にどれほどの影響を与えたか、きっとわかっていないにちがいない。「生存機械」ということばも、実際には彼の造語ではないにせよ、おそらくそれに近い。けれどエソロジーは最近、常識的にはエソロジーに関わりがあるとはみなされていないところからきた新鮮なアイディアの侵入によって活気づけられてきた。この本は大幅にこのような新しいアイディアを基盤としてできあがっている。その発想者たちは、本文のしかるべき場所で名をあげてあるが、とくに記すべき人々は GC・ウィリアムズ、J・メイナード=スミス、WD・ハミルトン、そして RL・トリヴァースである。

  5 攻撃 ―― 安定性と利己的機械
 (PP. 112-115)
 ~~。もし B が雌のたくさんいる大きなハーレムをもったゾウアザラシであり、別のゾウアザラシである私は彼を殺すことによってそのハーレムを手にいれることができるというのであれば、私はそうしてみたくなるにちがいない。しかし、たとえ相手を選んで戦いをいどんだところで、損失と危険はつきまとう。~~。もし戦いをはじめたら、私の死ぬ確率は彼のと同じである。いや、おそらく、私の死ぬ確率のほうが高いかもしれない。彼は価値ある資源をもっており、それが、私に戦いをいどませる原因だ。では、彼はなぜそれをもっているのか? おそらく彼は戦って勝ちとったのだろう。きっと私より前に挑戦した他の個体を何頭も撃退してきたのだろう。彼はすぐれた戦士であるにちがいない。たとえ戦いに勝ってハーレムを手にいれたとしても、私はこの戦いで傷だらけになり、利益を楽しむどころではないかもしれない。しかも戦いは時間とエネルギーをつかいはたす。この時間とエネルギーは、当面は蓄えておいたほうがいいのではなかろうか。ある期間食べることに専念し、もめごとに加わらぬよう気をつければ、やがて大きく強くなるはずだ。いずれはハーレムをめぐって彼と戦うことになろうが、今あわててやるよりすこし待ったほうが、けっきょく勝つ確率が高くなりそうだ。
 このひとりごとの例は、理論的にいえば、戦うべきか否かの決断に先立って、無意識かもしれないが複雑な「損得計算」がなされていることを示している。たしかに戦って得をするばあいもあるが、いつでも戦いにみあうだけの利益があるとは限らない。同様に、戦いの間、その戦いをエスカレートさせるか鎮めるかという戦術的決断には、それぞれ損得があり、それは原則的には分析可能なものであろう。このことは長い間エソロジストたちに漠然とは認識されていたが、この発想を自信をもってはっきりと表現するに至ったのには、一般にはエソロジストとみなされていない J・メイナード=スミスの力が必要であった。彼は、GR・プライスと GA・パーカーとの共同研究で、ゲームの理論とよばれる数学の一分野を利用した。彼らのみごとな理論は、数学記号をつかわずにことばで表現することができる。ただし厳密さの点でいくぶん犠牲を払わねばならないが。
 メイナード=スミスが提唱している重要な概念は、進化的に安定な戦略 (evolutionarily stable strategy) とよばれるもので、もとをたどれば WD・ハミルトンと RH・マッカーサーの着想である。「戦略」というのは、あらかじめプログラムされている行動方針である。戦略の一例をあげよう。「相手を攻撃しろ、彼が逃げたら追いかけろ、応酬してきたら逃げるのだ」理解してもらいたいのは、この戦略を個体が意識的にもちいていると考えているのではないということである。われわれは動物を、筋肉の制御についてあらかじめプログラムされたコンピューターをもつロボット生存機械だ、と考えてきたことを思いだしてほしい。この戦略を一組の単純な命令としてことばであらわすことは、これについて考えていくうえでは便利な方法である。あるはっきりわからぬメカニズムによって、動物はあたかもこれらの命令にしたがっているかのようにふるまうのだ。
 進化的に安定な戦略すなわち ESS は、個体群の大部分のメンバーがそれを採用すると、べつの代替戦略によってとってかわられることのない戦略だと定義できる。それは微妙でかつ重要な概念である。別のいいかたをすれば、個体にとって最善の戦略は、個体群の大部分がおこなっていることによってきまるということになる。個体群の残りの部分は、それぞれ自分の成功を最大にしようとしている個体で成り立っているので、のこっていくのは、いったん進化したらどんな異常個体によっても改善できないような戦略だけである。環境になにか大きな変化がおこると、短いながら、進化的に不安定な期間が生じ、おそらく個体群内に変動がみられることさえある。しかし、いったん ESS に到達すれば、それがそのまま残る。淘汰はこの戦略からはずれたものを罰するであろう。
 この概念を攻撃にあてはめるために、メイナード=スミスの一番単純な仮定的例の一つを考察してみよう。ある種のある個体群には、タカ派型とハト派型とよばれる二種類の戦略しかないものとしよう。(この名は世間の慣例的用法にしたがっただけで、この名を提供している鳥の習性とはなんの関係もない。じつは、ハトはかなり攻撃的な鳥なのである。)われわれの仮定的個体群の個体はすべてタカ派かハト派のどちらかに属するものとする。タカ派の個体はつねにできるかぎり激しく際限なく戦い、ひどく傷ついたときしかひきさがらない。ハト派の個体はただ、もったいぶった、規定どおりのやりかたで威しをかけるだけで、だれをも傷つけない。タカ派の個体とハト派の個体が戦うと、ハト派は一目散に逃げるので、けがをすることはない。タカ派の個体どうしが戦うと、彼らは、片方が大けがをするか死ぬかするまで戦いつづける。ハト派とハト派がであったばあいは、どちらもけがをすることはない。彼らは長い間互いにポーズをとりつづけ、ついにはどちらかがあきるか、これ以上気にするのはよそうと決心するかして、やめることになる。当面のところ、ある個体は特定のライバルがタカ派であるかハト派であるかを前もって知る手だてはないものと仮定しておこう。彼はライバルと戦ってみてはじめてそれを知るだけで、手がかりとなるような、特定の個体との過去の戦いはおぼえていないものとする。

 

 (P. 116)
 重要なのは、タカ派がハト派と戦ったときハト派に勝つかどうかが問題なのではないという点である。その答はすでにわかっている。いつでもタカ派が勝つにきまっている。われわれが知りたいのは、タカ派型とハト派型のどちらが進化的に安定な戦略 (ESS) なのかどうかということである。もし片方が ESS で他方がそうでないのであれば、ESS であるほうが進化すると考えねばならない。二つの ESS があることも理論的にはありうる。もし、個体群の大勢を占める戦略がたまたまタカ派型であろうとハト派型であろうと、ある個体にとって最善の戦略は先例にならうということであったなら、このことがいえる。このばあい、個体群は二つの安定状態のどちらでもよいから、たまたま先に到達したほうに固執することになろう。~~。

  補 注

 

 (PP. 451-452)
本文 114 頁 「進化的に安定な戦略……」

 

 今では私はむしろ、ESS の基本的な概念を次のようなより簡略な形で表現したいと考えている。すなわち、ESS とは自分自身のコピーにたいしてうまく対抗できる戦略のことであると。その根拠を以下に述べる。成功する戦略とは、個体群の中で支配的となる戦略である。したがって、それ自身のコピーと出会うようになる。したがってまた、それは自分自身のコピーにうまく対抗できなければ、成功した状態に留まることができないだろう。この定義はメイナード=スミスの定義ほど数学的に厳密ではなく、実際には不完全なものであるがゆえに、これを彼の定義に置き換えることはできない。しかし、この定義には基本的な ESS の概念を直感的に包含しているという長所がある。
 ESS の考えかたは、この章が書かれたときに比べて、生物学者のあいだでずっと広く見受けられるようになってきた。メイナード=スミス自身は、その『進化とゲーム理論』において、一九八二年までの発展を要約している。この分野におけるもうひとりの中心的な貢献者であるジェフリー・パーカーは、それよりもう少し新しい報告を書いている。ロバート・アクセルロッドの『協力の進化』は ESS 理論を使っているが、ここではそれについて述べない。なぜなら、本書で新しく追加した二章のうちの一つ「気のいい奴が一番になる」は、アクセルロッドの仕事の解説に充てられているからだ。本書の初版が出て以降の、ESS 理論に関する私の著作としては、「善き戦略か進化的に安定な戦略か」という論文と、後で論じるアナバチについての共著論文がある。
 (P. 508)
本文 297 頁 「もしもある集団が、それ自体を絶滅に追い込むような進化的に安定な戦略に到達してしまえば、確かに絶滅してしまうだろう。これはただもう運が悪いというほかないのである」

 

 優れた哲学者であった故・JL・マッキー氏は、「ごまかし屋」の個体群も、「恨み屋」の個体群もいずれも安定になりうるという事実が生み出す興味深い帰結に関心をもってくれた。それ自体を絶滅に追いこむような進化的に安定な戦略に到達してしまえば、運が悪いというほかないのだが、マッキーはこれに、ある種の ESS はほかの ESS にくらべて個体群を絶滅させやすい、という視点を加えたのである。上の例でいえば、「ごまかし屋」も「恨み屋」も進化的に安定である。すなわち個体群はごまかし屋の平衡状態に達することもあるし、恨み屋の平衡状態に達することもありうる。この場合、たまたまごまかし屋の平衡状態に達した個体群のほうがその後絶滅しやすいのではないか、というのがマッキーの論点である。つまり、互恵的な利他主義に有利に作用するような、ESS 間に作用する高次の淘汰がありうるのではないかということである。この視点は、通常の群淘汰の諸理論とは別の、実際に機能しうる一種の群淘汰を支持する論議に発展させることができるだろう。この論議は、「 In defence of selfish genes 」という論文に書いた。

 参考文献
MAYNARD SMITH, J. (1982) Evolution and the Theory of Games. Cambridge: Cambridge University Press.
メイナード=スミス, J. 『進化とゲーム理論』寺本英、梯正之訳(産業図書)

 

 

“The Selfish Gene” 〔 by RICHARD DAWKINS 〕

 

CHAPTER 5
Aggression: stability and the selfish machine
 (P. 69)
  The essential concept Maynard Smith introduces is that of the evolutionarily stable strategy, an idea that he traces back to W. D. Hamilton and R. H. MacArthur. A ‘strategy’ is a pre‐programmed behavioural policy. An example of a strategy is: ‘Attack opponent; if he flees pursue him; if he retaliates run away.’ It is important to realize that we are not thinking of the strategy as being consciously worked out by the individual. Remember that we are picturing the animal as a robot survival machine with a pre‐programmed computer controlling the muscles. To write the strategy out as a set of simple instructions in English is just a convenient way for us to think about it. By some unspecified mechanism, the animal behaves as if he were following these instructions.
  An evolutionarily stable strategy or ESS is defined as a strategy which, if most members of a population adopt it, cannot be bettered by an alternative strategy. ……
Endnotes
 (PP. 282‑283)
p. 69 . . . evolutionarily stable strategy . . .
I now like to express the essential idea of an ESS in the following more economical way. An ESS is a strategy that does well against copies of itself. The rationale for this is as follows. A successful strategy is one that dominates the population. Therefore it will tend to encounter copies of itself. Therefore it won't stay successful unless it does well against copies of itself. This definition is not so mathematically precise as Maynard Smith's, and it cannot replace his definition because it is actually incomplete.But it does have the virtue of encapsulating, intuitively, the basic ESS idea.
 The ESS way of thinking has become more widespread among biologists now than when this chapter was written. Maynard Smith himself has summarized developments up to 1982 in his book Evolution and the Theory of Games. Geoffrey Parker, another of the leading contributors to the field, has written a slightly more recent account. Robert Axelrod's The Evolution of Cooperation makes use of ESS theory, but I won't discuss it here, since one of my two new chapters, ‘Nice guys finish first’, is largely devoted to explaining Axelrod's work. My own writings on the subject of ESS theory since the first edition of this book are an article called ‘Good Strategy or Evolutionarily Stable Strategy?’, and the joint papers on digger wasps discussed below.

 

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